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宮崎県高鍋町にある国定公園尾鈴山系麓で、山林3個分の広さで鶏を放し飼いにしている「黒岩牧場」を訪ねました。

牧場主の黒岩正志さんが養鶏を始めるきっかけは、父親の借金返済です。黒岩氏は、もともと運送業でしたが、21年前養鶏家の道を歩むことになりました。

父親は、今までにない放牧で鶏を飼育する方法に取り組みました。しかし、厳しい自然環境の中に養鶏用の品種を離すと、厳しい環境に適応できなく生存率が20%しかなく、その卵を細々と売っていました。

そのため、当時は高く買ってくれる販路もなく、台風で全滅ということもあり不採算の局地でした。

 
 
 
   

自分でブルドーザーなどの重機を操作し、広大な道なき山林に自分で道を作り、鶏舎を作り、山水を引き、大変な労力と手間暇をかけて現在の牧場にしました。

養鶏と言わずに牧場としているわけが、ここへ来るとよく分かります。まさに、放牧しているのです。

彼は養鶏に関して全くの素人でしたが、自分が食べたい鶏卵、自分が食べたい鶏肉を作りたいとの強い思いだけが頼りで、全て独学で学びました。

失敗の数だけ技術が上がっていきました。

失敗すればするほど、どうすれば鶏が死なないか、たくさん元気な卵を産むかを肌で感じるようになってきました。

それは書物や文献には書かれていない、自然との共生から生まれた知恵だったのです。現在では生存率も高く、季節事情を除けば、80%を上回るまでになりました。

 
 
 
   

この経験の中で、毎日鶏の行動を観察して一番大切なことが分かりました。それは、「土」でした。放し飼いにすると鶏は土をほじくり、土をたくさん食べるのです。

土中のミネラル・土壌菌・バクテリアが鶏の抵抗力を著しく高めることが分かったのです。また、尾鈴山系は有数の野草の宝庫でした。

はこべ・なずな・よもぎ・いたどり・・・等々手付かずの自然の野草は、鶏に天然のミネラル、ビタミンを提供してくれました。

やっと病気にならない、内臓が丈夫で、「本当に健康で丈夫な鶏」が出来たのです。今では鶏が本来の「野生」を取り戻して生き生きと育っています。

放し飼いなのに羽はピカピカに光り、見るからに元気そうでした。野生を取り戻した鶏たちは、「はやぶさ」や「鷹」の攻撃に見事に一斉に木や茂みの下に避難します。猪の攻撃にもすばやく逃げ、犬には、向かっていきます。

ある有名な自然農法の指導者が訪れ「ここまでの馬鹿はいない。よくこんな非効率で採算の合わない方法で、よく生活ができる」と褒めたのか馬鹿にしたのか分からないことを言われたと、黒岩さんは笑っていました。

 
 
 
   

食品表示では、地域地域に昔からいる品種の血統が50%入っていれば、どこの品種であっても、地鶏として表示してもよいのです。

決して飼育方法ではなく、コンクリート敷きの密集飼いでもゲージでも箱でも良く、80日以上飼育と、出荷28日前からは平飼いが条件なのです。

一般的に連想する本当に地べたで飼われている鶏は、1%もありません。黒岩牧場では、品種も飼育方法も正真正銘の地鶏です。

一般的な鶏卵飼育は、窓のない鶏舎で3段から4段重ねで、鶏が方向転換できない幅で、限られたスペースを有効にするため、大量に飼育します。鶏は、一生工場の機械のように卵を産み続けます。

生まれたばかりのひよこがゲージに入れられ、卵を産めなくなり屠殺されるまで、一生太陽の光を浴びることがありません。

鶏舎内は上から糞が垂れ流され、上から積もりに積もった糞で床は歩けない状況です。臭気の耐え難いほどの環境の中で、太陽の恵みもなく卵を産み続けます。劣悪な環境のため病気にかかりやすく、薬漬けは恐ろしいばかりです。

 
 
 
   

一方、黒岩牧場の有精卵は、メスの中にオスを入れ、自然交配で自然界と同じ状況にしています。鶏が移動する範囲にネットで柵をし、その空間は自由に放されています。

鶏舎は、鶏の帰巣本能を利用して夕刻に餌と安全な寝場所を求めてくるようにしています。鶏舎内で夜間休息しているとき、明け方に産み落とす卵だけを集め、鶏舎に帰らず牧場内に産み落とされた卵は、広すぎるためカラスの餌となります。

のびのびと自由に育て、あくまでも自然のサイクルに逆らわないで育った黒岩牧場の鶏。親子二代の夢の結晶です。